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必殺

モルディブでPCが壊れ、連絡はヨネコーチと支配人の山田さんからの定時連絡のみという「NO NEWS NO MAILライフ」に、すっかり外界から隔たれた暮らしをしていた数日後、今度はマイナス7度の韓国へ。

零下って、寒いっつーか、痛いのね。

2日滞在後、日本に帰ってまいりました。
これで世界2周終了。

 

旅の話はさておきながら、
日本に戻る機内の新聞で、とても悲しい知らせを目にしてしまいました。

 

いま、私はYANAGI FIELDという場所で、子どもたちと接していて、
いつも「夢は絶対叶う!」って言い続けてます。
一生懸命走り続けていればきっと何かが見えてくるってそう信じてるし、
一生懸命走ってなくちゃきっとなにも見えてこないってそう思ってる。
夢は絶対叶う。
頑張ってれば、頑張って走り続けれていれば、必ず夢はかなう。

もし叶わないとしたら、それは走るのをあきらめたとき。

そう思っているわけでそう信じているわけで、だからこそあたしは夢に向かって走ることをやめなければ、きっと夢は叶うってやっぱりそう信じているわけです。

それにはいくつかの理由もあって。

いくつかの出会いもあって。

 

 

まだロクにテレビにも出てないジョシダイセーだったアタシが、
「必殺4」を観たときに、
アタシ絶対この作品に出たいって思った。
「これに出たい、この作品に携わりたい いつかいつかいつか いつか必ず」

そう思って走っていたら

最後の必殺といわれた「必殺6」に出演することができた。

 

大好きなドラマが「はぐれ刑事」だった。
主題歌のトランペットを何度も何度も練習した。
いつかいつかいつか、いつかこのドラマに出られたら。

そう思って走っていたら

「はぐれ刑事」に出演することができた。

 

やっぱり願えばかなうんだよ。想いは強いほうが勝つんだよ。
思いっきり頑張って走り続けていれば
絶対夢は叶うんだ。

 

だけどあたしもダメダメで、どーしよーもねー甘ちゃんで、
実は人生で二回、遅刻したことがある。

そのうちの一回が、藤田まことさんの撮影現場を観に行った時。
当時の藤田まことさんのマネージャーHさんが何度も何度も私の携帯を鳴らしたのに、
遅刻していることが分かっていた私は怒られるのが嫌で連絡をしなかった。
大船の撮影所についた時は約束から30分も遅れていただろうか?

私としては見学だけだから遅れてもいーじゃん、くらいの気持ちだった。
乗ろうと思っていた電車はジンシンジコで遅れていた。
いや、ホントはもう一本前の電車に乗れば間に合っていただろう。
べつにいーや、その時はそう思っていた。べつにおくれても、いーや。

マネージャーのHさんは撮影所の前でウロウロしながら私のことを待っていてくれていた。
「・・・電車ジンシンで止まってました。スイマセン。」
ジンシンが理由じゃない。私が乗り遅れたんだ。
Hさんは「よかった!心配した!」と言ったきり、私を怒ることもしなかった。

藤田まことさんに会った時、藤田さんは私にこう言った。

「岡元、遅刻はな、たくさんの人に心配をかけるんだ。迷惑じゃない。ただ心配してしまうんだ。わかるだろ?」

あたしはみんなにものすごく心配をかけてしまったことをものすごくものすごく反省した。
人を思いやるってこととか、
人に心配をかけないとか、
そんなこともできないのかバカヤロウって自分で思った。

誰も怒らないのが余計に痛かった。

大船撮影所は、もうない。

 

 

JOE COMPANYの舞台に出させてもらうようになって、
「剣客商売」で藤田まことさんと共演している小野寺丈さんや三浦浩一さんの関係で
京都公演の際は必ずまことさんが焼肉をごちそうしてくださった。

ご本人は仕事でいらっしゃらないのに、
「キャスト・スタッフ全員思いっきり食べて公演がんばれ!」と毎回焼肉をごちそうしてくださっていた。

ご縁だな、と思った。

本当にご縁なんだなあと。

 

頑張れって思ってくださるお気持ちに、
答えなければ、応えなくては、そう思って走り続けてきたんだと。

 

昨年十何年ぶりに偶然私の番組を観たHさんから連絡があって、
本当に久しぶりに久しぶりにお目にかかることができました。

もう少し、落ち着いたら、もう少し。
Hさん、ご連絡させていただきますね。

今はもう少し、
藤田まことさんの言葉を思い出しながら、

やっぱり走り続けてれば必ず夢は叶うんだって、もう一度自分に誓ってみます。



藤田まことさん ありがとうございました。