ヤナギが引退した年に、「サッカーをやめたら世界一周がしたい」と言われ、
「あまりに途方もない夢を語る人だ」と思って数ヶ月、
実際、2人で4大陸をめぐる世界一周の旅に出た。それからもう1年半。
仕事を始めてから今まで長い休みをとったことがなかったから、
長く休むだけでもあたしにとっては「大冒険」だったけど、
本を読むよりも映画を見るよりもネットを夜ごと泳ぐよりも、
その地面に自分の足で立ち、
その土地の匂いをかぎ、
その空気を全身で感じることって、
そうか、なにものにも代えがたいんだっていう、「あたりまえ」のことを知った旅。
考えてみればすべてあの旅から始まったといってもいいかも。
アメリカでもイギリスでもイタリアでも、都会のど真ん中には青々とした芝生の大きな公園が広がり、
子どもたちはその芝生の上で走り回ることが「あたりまえ」であることを、
先進国と言われる国に住んでいながら、その「あたりまえ」すら知らずに過ごしてしまう地域があるなんて、
そんなのつまんねーじゃん、
そんなの変えなくちゃいけないじゃん、
そういって帰ってきたヤナギは、彼にとってそれが「あたりまえ」であるように、
奈良にYANAGI FIELDをつくった。
また、いまだに地雷が埋まっている原っぱで、裸足でボールを蹴る子どもたちがいることは、
町に一つしかない子供病院で診察をしてもらうために、子どもを抱きしめた100人を超える母親が、炎天下の下じっと並んでいるカンボジアに行かなくてはわからなかったことだし、
42度の気温下、砂漠の砂吹き荒れるグランドで走り回る子どもたちがいることも、
息をするのも苦しいようなエジプトの気温を肌で感じなければ、その体力に感嘆しなかったかもしれない。
「やってみる」ことの大切さ。
やる前から「えーでも無理だし」。「たぶんできないし」。「難しいかもしれないし」。
チャレンジすることが大事だっていいながら、
もっともらしいことを理由にしながら、
他人にも自分にもそれを言い訳にして過ごしてきたかもしれない。
やってみることの大切さ。
この人は時々とんでもない「夢」を口にするけれど、
彼にとってそれはけして「不可能」ではないと信じていることだったりして、
これから先も、口にした「不可能」は必ず「可能」にしていくんだろうと、
根拠はないけどそんな気がしている。
前回世界一周へ行った帰りの飛行機の中で、「よし来年また行くぞ」と言ったヤナギに、「・・・またまた~」と思っていた私。
予定より1年遅くなってしまったけど、
やっぱり可能にしてきました。
明日から行ってきます。
人が旅をするのは到着するためではなく、旅行をするためである
ゲーテ








