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<元年>

今年一年。

 

ほんっとにいろんな事があった一年だった。

 

 

昨年末はまだ世界一周旅行の感動ひたる頃で、
年末は国内でスキー旅行したりしてのんびりまったり年越しを迎え、
私も仕事をちょいちょい続けながら、
ヤナギの現役引退後、すっかりリタイヤ夫婦のような暮らしをしていた私たち。

 

そしたら。

 


さあ、年が明けてしばらくして、
ヤナギが「よし、グランド作るぞ。」と言いだした。

いつも「さ、世界一周行くぞ」とか「じゃ、ホームシアター作るぞ」とか、
たいがいその突然の発言、というか“ご亭主やっちゃいますよ宣言”は、私の理解の範疇をはるか越えていて、毎回毎回ビックリしちゃうんだけど、

今回は「ビックリ!」はもちろんだけど、「キターーー!」という気持ちが強かった。

だってきっとそろそろ何かやるんじゃないかって思ってたから(笑)。

世界一周旅行に行っている間もイギリスやイタリアでは芝を見て回ったり、「奈良で大きな土地が出たら教えてください」と不動産屋さんにあたっていたし、そろそろなにかやるって、何か言いだすぞって、思ってたから。

 

 

 

それから、すぐ会社設立。

社員とその家族という、自分の家族以外にも絶対に守らなくてはならないものができた。


そしてユニフォームしか着てなかった人が毎日スーツを着て家を出るようになった。

 

土地探し土地探し土地探し。土地探しの日々。

土地発見。

土地所有問題で頓挫。

土地再発見。

土地の持つ性格上頓挫。

土地再々発見。  ←これが3月あたまくらい?

契約成立。

 

語りつくせないくらい大変な打ち合わせの日々。   

「土地契約」の打ち合わせの合間に「社会保険事務所」や「法務局」といったこれまで足を踏み入れたこともない場所に足を運んだり、支援のお願いに回ったり、芝を依頼した住ゴムさんと打ち合わせしたり、土建屋さんと大ゲンカしたりしながら、その合間に関西近郊・東京近郊で人気のあるフットサル場はほとんど見て回っていた。


元サッカー選手が一般社会に飛び込み必死に走り回っているのを応援してくれる人たちも、そのジタバタした姿を面白がって揶揄する人もいた。

このころのヤナギとビジネスパートナーの矢部っち、
元サッカー選手が2人、
いろいろ立ち止まりながら迷いながら不安になりながら悩みながら、
それでも絶対自分たちの信じてるものに、ただひたすら一生懸命走っていたんだと思う。
「ここに緑一面のグランドを作る」
ただそれだけを信じて、それだけを考え、ただ必死に走っていたと思う。


そして4月着工。

 

オープン数日前、予想外のゲリラ豪雨が続き工事が難航。

あと一日雨が降ったらオープンに間に合わない。

オープンに間に合うか?

お願い、間に合って!

晴れ男ヤナギ!間に合った! 

 

オープン前日、華やかではないけれど気持ちを込めたささやかな点灯式。

 

5月31日 奈良市にYANAGI FIELD誕生。

フットサルコート4面。トレーニングピッチ1面。
最高級の人工芝。最高級の照明。

オープン当日、YANAGI FIELDには約500人の子供たちと大人たちが集まった。

 

6月、YANAGI FIELDサッカースクール開校。

最初はスクール生が年内に60人くらいになったらうれしいなって話してた。

スクール生は現在200人いる。

3歳から14歳まで、サッカーが大好きな子どもたちが毎日ボールを追いかけてる。
みんなこの半年で本当にうまくなって、6年生の男の子はJリーグチームのセレクションに合格してさらなる活躍の場を見つけ、幼稚園クラスのこどもたちは、みんなで協力することや、仲間を励ますことを覚えた。
声を出したらサポートしてくれる仲間がいることや、悔しいと涙が出ることや、頑張ったらできるようになることも、みんなが少しずつわかってきた。

みんなが頑張ったら、

こんな奇跡や

こんな奇跡も起きた。

来年からはコーチも増え、ジュニアチームも結成することになった。

コーチとしてオープンからともに頑張ってくれている奈良クラブ和坂くん
そしてYANAGI FIELDの夢を応援したいと言ってくれた解説者&元ヴェルディコーチ元日本代表山野孝義さん、YANAGI FIELDで指導者として頑張りたいと連絡してきてくれた元セレッソ米山大輔くんが新たにコーチとして子どもたちをサポートすることになった。



本当に激動の激変の一年。


私は「お手伝い」でしかないけれど、でも素敵な激動の時を近くで見られてほんとうによかった。

 

 

来年も頑張ります。

どうか私たちの挑戦と、子どもたちの夢を、応援してくださいね。